【阿部野神社・阿倍野】⛩️大阪にもう一組の「南朝の忠臣親子」!阿倍野に祀られる北畠親房・顕家を訪ねて⚔️✨

阿部野神社

南北朝時代に南朝方の忠臣として活躍した人物は?
真っ先に思い浮かべるのは楠木正成・正行親子です。
父・正成は湊川の戦い、息子・正行は四條畷の戦い。

ところが大阪には、もう一組、忘れてはいけない南朝方の親子がいました。
それが、北畠親房・顕家親子です⚔️
そして、この二人を御祭神として祀っているのが、大阪市阿倍野区にある阿部野神社です⛩️

北畠親房は後醍醐天皇を支えた南朝の中心人物の一人。そして息子の北畠顕家も、若くして南朝方の武将として各地を転戦しました。
歴史上の人物として名前は知っていても、「北畠親子を祀った神社が大阪にある」ということまでは、実際に寺社や史跡を巡らなければ意識することはなかったかもしれません。

しかも阿部野神社があるのは、大阪の「あべの」。現在の「あべの」と聞けば、私が真っ先に思い浮かべるのはあべのハルカスです🏙️
近代的な超高層ビルがそびえる街の近くに、約700年前の南北朝時代につながる神社がある。
この新旧のギャップも大阪の面白さです。

さらに大阪周辺を巡っていると、南朝方ゆかりの場所が意外なほど多いことにも気づきます。
楠木正成ゆかりの千早赤阪、正行を祀る四條畷神社、そして北畠親房・顕家親子を祀る阿部野神社――。
一つひとつ訪ねていくと、教科書では別々に覚えていた人物や出来事が、実際の土地の上で少しずつつながっていきます。
「歴史を覚える」のではなく、「歴史の舞台を歩く」。これこそ史跡巡りの楽しさなのかもしれません😊
現代大阪の象徴ともいえる、あべのハルカスの近くに残る南北朝時代の記憶。
阿部野神社を訪れたことで、楠木正成・正行親子だけではなく、北畠親房・顕家親子という、もう一組の南朝を支えた親子にも改めて目を向けることができました。⛩️⚔️✨

阿部野神社

【住所】〒545-0035 大阪府大阪市阿倍野区北畠3丁目7−20

【主祭神】北畠親房公、北畠顕家公
【札所等】神仏霊場巡拝の道第44番
【創建】1882年(明治15年)

Wikipedia

※Gemini による解説

大阪市阿倍野区に鎮座する阿部野神社(あべのじんじゃ)は、南北朝時代に南朝方として活躍した北畠親房(きたばたけちかふさ)公・北畠顕家(きたばたけあきいえ)公の父子を祀る建武中興十五社の一つです。

ご利益と祈願内容

主祭神である北畠父子の史実に基づく功績から、主に以下のようなご利益で知られています。

  • 学業成就・合格祈願親房公は古典や歴史の名著『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』の著者であり、卓越した知識人・思想家でした。そのため、学問の向上や受験合格の祈願に適しています。
  • 必勝祈願・大願成就顕家公は弱冠16歳で陸奥守となり、奥州から都へ大軍を率いて駆け下る「奥州上洛」を成功させるなど、若き天才武将として名を馳せました。勝負事や重要な挑戦における勝利、困難の克服を願うのにふさわしい神様です。
  • 立身出世・社運昌隆若くして要職を歴任した顕家公と、南朝の柱石として終生忠義を尽くした親房公の威徳から、キャリアの開拓や組織の発展を祈願する参拝者も多く訪れます。

歴史と由緒

  • 創建(明治15年・1882年)明治時代に入り、建武中興に貢献した忠臣を顕彰する動きのなかで創建が決まりました。明治11年に北畠親房公・顕家公を祀る神社として指定され、明治15年(1882年)に正正式に神社として設立されました。
  • ゆかりの地阿倍野の地は、延元3年(1338年)、顕家公が足利尊氏側の幕府軍(高師直ら)と戦い、21歳の若さで壮烈な戦死を遂げた「阿倍野の合戦」の舞台です。境内から程近くには顕家公の墓所(北畠顕家公墓)も残されています。

お勧め参拝時期

  • 秋(11月上旬〜12月上旬)境内や隣接する北畠公園の樹々が色づき、静かな紅葉の名所となります。散策を兼ねた参拝に最も適したシーズンです。
  • 正月・初詣(1月)学業成就や一年の勝負運を願う参拝者で賑わいます。
  • 5月(顕家公の命日周辺)顕家公の命日である5月22日前後には例大祭などが執り行われ、歴史に思いを馳せる最適な時期となります。

観光としての魅力

阪堺電車で行くノスタルジックなアクセス路面電車「阪堺電気軌道上町線」の「天王寺駅前」から乗車し、「北畠駅」で下車して徒歩数分というアプローチ自体が、昭和レトロな雰囲気を楽しむ観光ルートとして人気があります。

閑静な住宅街に広がる豊かな緑あべのハルカスなどがある天王寺・阿倍野の繁華街から路面電車(阪堺電車)で少し離れた住宅街に位置しており、非常に静かで落ち着いた境内が広がっています。

南北朝の歴史を感じる境内史蹟境内には北畠顕家公の武勇を伝える銅像や碑が建てられており、歴史ファン(特に南北朝時代・太平記ファン)にとって見どころが多いスポットです。

主祭神:北畠親房公、北畠顕家公

阿部野神社の主祭神である北畠親房(きたばたけちかふさ)公北畠顕家(きたばたけあきいえ)公は、南北朝時代において南朝(後醍醐天皇側)を精神的・軍事的に支え抜いた父子です。

父:北畠親房公(1293年〜1354年)

「文武両道の政治家・屈指の知性派理論家」

  • 南朝の精神的支柱後醍醐天皇の側近(のちの「後の三房」の一人)として建武の新政を支えました。後醍醐天皇の崩御後も、吉野に樹立された南朝政権の中心として、若き後村上天皇を補佐し陣頭指揮を執り続けました。
  • 名著『神皇正統記』の著者関東で勢力拡大を図っていた際、常陸国(茨城県)の小田城で執筆した歴史書が『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』です。日本の歴史と天皇の正統性を論じた文筆家・学者としての評価が高く、現在でも学問の神様として崇敬される理由となっています。
  • 不屈の粘り強さ各地の武士に南朝へ味方するよう膨大な手紙(綸旨・御教書)を送り続け、一時は劣勢となった南朝の勢力を何度も立て直しました。
子:北畠顕家公(1318年〜1338年)

「弱冠で奥州を統治した貴公子にして若き天才武将」

  • 16歳で陸奥守として奥州へ下向公家出身でありながら、わずか16歳で奥州(東北地方)の統治を任されました。義良親王(のちの後村上天皇)を奉じて陸奥国府(宮城県多賀城市付近)へ下り、東北の武士団を鮮やかにまとめ上げました。
  • 伝説の「奥州上洛(電撃戦)」足利尊氏が謀反を起こして都を占領した際、顕家公は陸奥から京都まで数百キロの道のりを記録的な速度で進軍。新田義貞らとともに足利軍を破り、尊氏を九州へ追い落とす大功を立てました。
  • 阿倍野の地での壮絶な最期勢力を盛り返した足利軍(高師直ら)を撃破するため、再び奥州から大軍を率いて遠征。激戦の末、延元3年(1338年)、阿倍野(石津の戦い)にて21歳の若さで壮烈な討死を遂げました。出陣直前に後醍醐天皇へ提出した「上奏文(顕家諫奏文)」には、民の疲弊を憂い政治の刷新を求める誠直な諫言が記されており、その高潔な人格が現代まで語り継がれています。
人物主な役割・特徴阿部野神社でのご利益
北畠親房公(父)南朝の指導者・『神皇正統記』著者・理論家学業成就・合格祈願・大願成就
北畠顕家公(子)奥州知事・若き天才武将・公家でありながら猛者必勝祈願・立身出世・破邪顕正

二人とも公家(源氏の流れを汲む村上源氏)でありながら武将としても一流の働きを見せ、終生変わらぬ忠誠を貫いたことから、「知恵と勇気」「誠実な心」「難局を突破する力」を授けてくださる神様として親しまれています。

摂社・末社

阿部野神社の境内には、本殿の参拝に合わせて巡っておきたい格式の高い摂社や特色豊かな末社が鎮座しています。

1. 摂社:勲之宮(いさおのみや)
  • 参拝をお勧めする理由本殿(父子)を支え、共に南朝のために忠義を尽くした主要な将臣(部下や将軍たち)が一堂に祀られている重要な摂社です。主祭神である北畠父子と深いつながりを持つため、本殿に続いて参拝することで、より深いご祈願となります。
  • 御祭神南部信政公・新田義貞公・名和長年公・楠木正成公・結城宗広公など、南北朝時代を代表する南朝方の忠臣・武将たち。
  • ご利益組織の結束・信頼関係の強化・目標達成命を懸けて主君と志を一つにした名将たちが祀られていることから、仕事のチームワーク向上や、大切な仲間との団結、難局を乗り越える粘り強さを授かることができます。
2. 末社:旗上芸能稲荷神社(はたあげげいのういなりじんじゃ)
  • 参拝をお勧めする理由北畠顕家公が奥州から大軍を率いて進軍する際、この地で陣旗を揚げて戦勝を祈願したという伝承に由来するパワースポットです。また、芸道上達を願う人々からも篤く信仰されています。
  • 御祭神豊受姫神(とようけひめのかみ)、旗上稲荷大神・芸能稲荷大神など。
  • ご利益一病息災・技芸上達・事業立ち上げ(起業)・商売繁盛「旗を揚げる=新しい事業や挑戦を立ち上げる」という意味合いから、新規事業の成功や独立起業の祈愿に最適です。また、表現力や技術力を高めたい芸能・クリエイティブ関連の願い事にもご利益があります。
3. 末社:阿部野松花吉吉神社(あべのまつはなよしよしじんじゃ)
  • 参拝をお勧めする理由地元阿倍野の地主神や地域の守り神を合祀したお社で、地域に深く根ざした温かいご利益を授かることができます。
  • 御祭神天照皇大神、白龍大神など。
  • ご利益家内安全・地域繁栄・開運招福・健康長寿日常の平穏無事や家族の健康、日々の暮らしに寄り添う生活全般の平安を守ってくださる神様です。
社名区分主な御祭神主なご利益
勲之宮摂社楠木正成公、新田義貞公ほか南朝の武将組織結束・信頼構築・目標達成
旗上芸能稲荷神社末社豊受姫神、旗上稲荷大神ほか起業・新規挑戦・技芸上達・商売繁盛
阿部野松花吉吉神社末社天照皇大神、白龍大神家内安全・健康長寿・開運招福

阿部野神社に訪れた際は、本殿で主祭神に参拝された後、ご自身の願い事や立場(新しい挑戦、仕事の団結、日常の平安など)に合わせてこれらの摂社・末社を巡るのがおすすめです。

阿部野の露

北畠親房公・顕家公ご生涯

北畠顕家公像

投稿者プロフィール

Yutaka-S
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