【富岡八幡宮・深川】相撲と偉大な測量家の足跡!

富岡八幡宮

東京神社巡り第3弾は、相撲の聖地、富岡八幡宮!
相撲だけじゃなくて、伊能忠敬の銅像までありました!実は、伊能忠敬は近くに住んでいて、測量の冒険に出かける前にいつも富岡八幡宮に参詣していたそうです。さすが偉大な測量家、ちょっと意外なエピソードが盛りだくさん!
今回も訪れて初めて知るエピソードにワクワクしながら、歴史の旅を楽しみました!
相撲と伊能忠敬の足跡が交差する富岡八幡宮で、相撲と偉大な測量家の魅力に触れる旅を満喫!
これからも東京の神社巡りを楽しんで、知られざるエピソードや歴史に出会う旅をしたいです!🏯🏋️‍♂️✨

富岡八幡宮

【住所】〒135-0047 東京都江東区富岡1-20-3

【主祭神】応神天皇(誉田別命) 他 八柱
【札所】東京十社
【創建】寛永4年(1627年)

(Wikipediaより)

※Geminiによる解説

1. ご利益

主祭神である応神天皇(誉田別命)は、古来より文武の神、また厄除けの神として崇められてきました。

  • 勝負運・開運: 「江戸勧進相撲」発祥の地であることから、スポーツや仕事、受験など、ここ一番の「勝負事」での勝利を祈るのに最適です。
  • 交通安全・旅行安全: 日本地図を作った伊能忠敬が、測量へ出る前に必ずここで安全祈願をした史実にちなみ、旅の安全や新しい門出の成功を願う人が多く訪れます。
  • 厄除け・家内安全: 「江戸最大の八幡様」としての強い御神徳により、災いを払い、家族の平穏を守るとされています。
  • 金運・商売繁盛: 境内には、商売の神様を祀る末社や、紀伊国屋文左衛門ゆかりの歴史もあり、ビジネスの成功を願うのにも適しています。

2. 歴史:創建と由緒

  • 創建: 寛永4年(1627年)。菅原道真公の末裔といわれる長盛法印が、神託(神様のお告げ)により、当時「永代島」と呼ばれた砂州を埋め立てて社殿を建立したのが始まりです。
  • 江戸幕府との関わり: 徳川将軍家からも手厚い保護を受け、周辺の深川一帯は門前町として江戸随一の賑わいを見せました。
  • 勧進相撲の発祥: 貞享元年(1684年)に幕府から許可を得て、境内で本場所が行われました。これが現在の大相撲のルーツとなっています。
  • 悲劇と再建: 1807年には祭礼のあまりの人出に「永代橋落橋事故」が起きたほか、関東大震災や東京大空襲で焼失しましたが、その都度、深川の人々の熱意によって再建されてきました。

3. お勧めの参拝時期

  • 8月中旬(深川八幡祭り): 江戸三大祭りの一つ。3年に一度の「本祭り」では、50基以上の神輿が街を練り歩き、沿道から水をかける「水掛け祭」として熱狂に包まれます。
  • 毎月1日・15日・28日(縁日): 月次祭が行われ、門前仲町駅から境内にかけて多くの露店が立ち並び、下町らしい活気ある雰囲気を楽しめます。
  • 11月(酉の市): 境内の大鳥神社で開かれ、商売繁盛を願う「熊手」を求める人々で賑わいます。

4. 観光としての魅力

  • 黄金の神輿: 奉納された「一の宮神輿」は、ダイヤや宝石が散りばめられた日本一の大きさを誇る豪華絢爛な黄金神輿です(通常は神輿庫に展示)。
  • 横綱力士碑: 歴代横綱の名が刻まれた巨大な石碑があり、相撲ファンにはたまらない聖地です。新横綱が誕生すると、ここで土俵入りが奉納されます。
  • 伊能忠敬像: 測量に出発する姿を再現した銅像があり、測量の起点となった歴史を感じられます。
  • 深川不動堂とのハシゴ: すぐ隣には「深川不動堂」があり、神社と寺院の両方の下町文化を一度に味わえるのも大きな魅力です。

富岡八幡宮の御祭神(全九柱)
  1. 応神天皇(おうじんてんのう)【主祭神:中央】<相殿:左側(東側)の四柱>
  2. 神功皇后(じんぐうこうごう):応神天皇の母
  3. 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう):応神天皇の父
  4. 武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと):伝説の忠臣
  5. 日本武尊(やまとたけるのみこと):仲哀天皇の父(応神天皇の祖父)<相殿:右側(西側)の四柱>
  6. 仁徳天皇(にんとくてんのう):応神天皇の皇太子(次代天皇)
  7. 履中天皇(りちゅうてんのう):仁徳天皇の長子(応神天皇の孫)
  8. 反正天皇(はんぜいてんのう):仁徳天皇の三男(応神天皇の孫)
  9. 聖母明神(しょうもみょうじん):神功皇后の別称、あるいはその守護神とされる
1. メインの神様:応神天皇(八幡神)

「八幡様(はちまんさま)」として全国で親しまれている神様の実体です。

  • どんな神様?: 第15代天皇。実在した可能性が高い最古の天皇の一人とされ、大陸の文化を取り入れて国を豊かにした「文武の神」です。
  • なぜ人気?: 源氏が氏神(守り神)としたことから、「勝利の神」「武運の神」として武士に信仰されました。現代では、そのパワーが転じて「成功」「勝利」「教育」「厄除け」の神として広く信仰されています。

2. 「他八柱」は誰のこと?

富岡八幡宮では、応神天皇を支えるように、そのご家族や関係の深い神々が祀られています。大きく分けると以下の3グループになります。

A. 応神天皇のご家族(ファミリー)
  • 神功皇后(じんぐうこうごう): 応神天皇のお母様。非常に活動的で、身重の体で戦いに赴いたという伝説があり、「安産」や「子育て」「勝負事」の神様です。
  • 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう): 応神天皇のお父様。
  • 仁徳天皇(にんとくえんのう): 応神天皇の息子。「民のかまど」の伝説で知られる慈愛に満ちた天皇で、「家内安全」や「仁政」の象徴です。
  • 日本武尊(やまとたけるのみこと): 応神天皇のおじい様にあたる、日本神話最大の英雄の一人です。東国平定の英雄であることから、江戸(東国)の守護としての意味合いが強く、「開運」「除災」「商売繁盛」の神として非常に強力なパワーを持つとされます。
  • 聖母明神(しょうもみょうじん): これは神功皇后の別名として扱われることが多いのですが、富岡八幡宮の九柱の数え方においては一柱として独立して祀られています。文字通り「聖なる母」として、「子安(子授け)」「子育て」の非常に優しい神徳を象徴しています。
B. 応神天皇の兄弟神
  • 履中天皇(りちゅうてんのう)
  • 反正天皇(はんぜいてんのう) など、応神天皇の血縁にあたる神々です。
C. 王権を支えた守護神
  • 武内宿禰(たけのうちのすくね): 5代の天皇に仕えたといわれる伝説の忠臣。300歳以上生きたという伝承から、「健康長寿」や「知恵」の神様として知られています。

3. なぜ「九柱」も祀られているの?

これには「八幡(やはた)」という名前に由来する深い意味があります。

  1. 「八」へのこだわり: 八幡神の「八」は、たくさんの旗(八つの旗)が天から降ってきたという伝説に由来します。富岡八幡宮では、応神天皇(一柱)+ 家族や家臣(八柱)を合わせることで、「八」という聖なる数字を含んだ盤石な守護体制を表現しているといえます。
  2. オールマイティなご利益: 一柱だけではなく、お母様(安産)や息子(家族愛)、忠臣(長寿)が揃っていることで、「人生におけるあらゆる願い事に応えてくれる」という、非常に心強い布陣になっているのです。

まとめると…

富岡八幡宮へ参拝するということは、「偉大なリーダー(応神天皇)とその最強のチーム(家族や家臣)」に会いに行くようなものです。

参拝時のヒント: 「勝負事に勝ちたい!」という願いはもちろん、「家族みんなが健康で、仕事もうまくいきますように」といった、人生トータルでのバックアップをお願いするのにぴったりの顔ぶれです。

大相撲

富岡八幡宮は、現在日本を代表する国技である「大相撲(プロ相撲)」の直接のルーツとなった場所として知られています。

1. 「勧進相撲(かんじんずもう)」とは?

もともと相撲は、神様を慰める神事や、寺社の建築・修理費用(勧進)を集めるための興行として行われていました。

しかし、江戸時代初期の相撲は血生臭い喧嘩やトラブルが絶えず、幕府から何度も禁止令が出されていました。

2. なぜ富岡八幡宮が「発祥の地」なのか?

禁止されていた相撲ですが、貞享元年(1684年)、幕府はルールや組織を整えることを条件に、ついに公認の勧進相撲を許可しました。

その幕府公認の興行が初めて行われた聖地こそが、富岡八幡宮の境内でした。

  • 約100年間の拠点: その後約100年間にわたり、春と秋の年間2回、富岡八幡宮の境内で本場所が開催され続けました。
  • 大相撲のシステムが誕生: 富岡八幡宮で本場所が重ねられる中で、「定期興行制度」「番付(番付表)」など、現代の大相撲につながる仕組みが確立されました。

その後、本場所の開催地は本所の回向院(えこういん)などを経て両国国技館へと移っていきますが、「大相撲の土台を作った場所」として、富岡八幡宮は今も特別な地位を保ち続けています。

3. 日本の相撲界とのつながり(境内の見どころ)

現在でも日本相撲協会との深い縁が続いており、境内には相撲にまつわる貴重な碑や文化が残されています。

① 横綱力士碑(よこづなりきしひ)

第12代横綱・陣幕久五郎が発起人となって明治33年(1900年)に建てられた、高さ約3.5m・重さ約20トンに及ぶ巨大な石碑です。

初代・明石志賀之助から歴代すべての横綱の四股名が刻まれており、新横綱が誕生すると、境内で土俵入りを奉納した上で、この石碑に自らノミを入れて名前を刻む「刻名式」が行われます。

② 大関力士碑(おおぜきりきしひ)

歴代の大関(実力派大関)の名が刻まれた碑もあり、新しい大関が昇進した際にも名が刻まれます。

③ 巨人力士手形足形碑・等身碑

歴代の非常に大きな力士の手形や足形、実物大の背丈を測れる石碑などもあり、当時の力士たちの迫力を体感できる人気スポットになっています。

まとめ

富岡八幡宮は、単に「相撲が開催された場所」というだけでなく、「荒っぽかった相撲が、ルールと伝統を持った文化・スポーツ(大相撲)へと進化した歴史的な舞台」です。

境内の「横綱力士碑」の前に立つと、江戸時代から令和の現代まで脈々と続く大相撲の歴史を肌で感じることができます。参拝の際はぜひ足を伸ばしてみてください。

伊能忠敬

富岡八幡宮と、日本初の精密な全国実測地図(『大日本沿海輿地全図』)を作り上げた伊能忠敬(いのうただたか)には、非常に深い縁があります。

1. 忠敬の自宅が富岡八幡宮のすぐ近くにあった

伊能忠敬は50歳で家督を譲って隠居した後、本格的に天文学や測量術を学ぶため千葉の佐原から江戸へ出ました。

その際、彼が居を構えたのが富岡八幡宮のすぐ目と鼻の先にある深川黒江町(現在の江東区門前仲町1丁目)でした。そのため、富岡八幡宮は忠敬にとって日常的な参拝の場であり、地域の大切な守り神でした。

2. 測量の旅へ立ち立つ際の「祈願の地」

寛政12年(1800年)4月19日、当時55歳だった忠敬は、第1回目となる蝦夷地(北海道)への測量旅行へ出発します。

この早朝、忠敬は内弟子や従者を率いてまず富岡八幡宮に参拝し、旅の安全と測量事業の成功を祈願してから、街道の起点(千住など)へ向けて歩き出しました。

その後も、遠国への本格的な測量に出かけるたびに(第8回まで)、出発の際には必ず富岡八幡宮を参拝してから旅立つことを欠かさなかったと伝えられています。

3. 境内にある見どころ
① 伊能忠敬銅像

富岡八幡宮の境内(正面大鳥居をくぐってすぐ左手)には、伊能忠敬の銅像が建てられています。

  • 姿: 背後に日本地図のモニュメントを背負い、右手には方位を測る道具(杖先方位盤)を手に持ち、まさに「富岡八幡宮から測量へと力強く一歩を踏み出す55歳当時の姿」が表現されています。
  • 建立: 平成13年(2001年)、忠敬が測量を始めて200年になるのを記念して建てられました。
② 三等三角点(現代の基準点)

忠敬像のすぐ脇には、国土地理院によって設置された「三等三角点」(設置名:富岡八幡宮)があります。

忠敬の功績を称え、現代のGPSや地図作りの基準となる生きた測量ポイントが置かれており、過去と現代の地図づくりが交差する象徴的なスポットとなっています。

4. どのようなご利益(参拝)につながるか?

この由緒から、富岡八幡宮は「旅の安全」「交通安全」のご利益で知られるほか、「新しい挑戦やスタートの成功」を願う人々にも親しまれています。

  • 旅立ち・門出の祈願い: 転勤、留学、新規事業の立ち上げ、あるいは人生の再出発(セカンドライフの挑戦)にあたり、「忠敬のように成功しますように」と誓いを立てる参拝者も多く訪れます。

伊能忠敬が歩んだ途方もない距離と精密な地図は、まさにこの富岡八幡宮での安全祈願から始まったと言えます。境内を訪れた際は、ぜひ大鳥居脇の忠敬像にも注目してみてください。

摂社・末社

富岡八幡宮の境内には、数多くの摂社(せっしゃ)末社(まっしゃ)があります。これらは本殿(八幡様)の脇を支える重要な神社であり、それぞれ異なる強いご利益を持っています。

1. 七渡神社(ななわたりじんじゃ)

本殿の東側(右奥)、池の真ん中に浮かぶように鎮座する、富岡八幡宮で最も重要かつ強力なパワースポットです。

  • 富岡八幡宮より古い「地主神」:実は、寛永4年(1627年)に富岡八幡宮が建てられる前から、この永代島の地に祀られていた地元の元祖・守り神(地主神)です。八幡様を創建する際も、この七渡神社を深く敬ってそのまま境内に残したという歴史があります。
  • 御祭神:市正島姫命(いちきしまひめのみこと)※別名:七渡弁天(ななわたりべんてん)。あわせて「粟島神社(少彦名命)」も合祀されています。
  • ご利益:金運・財運・芸能上達・美・心願成就非常に美しく強い神様で、財運や技芸の上達にご利益があります。また、かつて社の周囲に「白蛇(弁天様のお使い)」が住んでいたという伝説があり、願いを叶えてくれるパワーが特に強いとされています。
  • なぜ参拝すべきか?:「八幡宮の土地の大家さん」にあたる神様ですので、本殿に参拝した後にここへもお参りするのが、富岡八幡宮参拝の隠れた正攻法・マナーと言われています。
2. 永代島稲荷神社(えいだいじまいなりじんじゃ)

境内東側の稲荷参道(赤い鳥居が並ぶエリア)の奥に位置する稲荷神社です。

  • 御祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)お稲荷様として親しまれる、食物・農業・商業の神様です。
  • ご利益:商売繁盛・金運・五穀豊穣深川は江戸時代から商人の街として栄えてきました。特に地元の肥料商や商店から絶大な信仰を集めており、現在も仕事の成功や事業繁栄を祈る人が絶えません。
  • なぜ参拝すべきか?:江戸下町の「商人の活気と豊かさ」の源流となったお稲荷様です。ビジネスの発展、仕事運、営業成績の向上を願う方には必須の参拝スポットです。
3. 合末社(ごうまっしゃ)エリアの注目神社

七渡神社のすぐ近くには、ひとつの長屋風のお社に複数の神様が並んで祀られている「合末社」があります。その中でも特に有名な2社をご紹介します。

① 野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)
  • 御祭神:野見宿禰命(のみのすくねのみこと)日本神話において、力比べ(相撲)で勝利したとされる「相撲の始祖」です。
  • ご利益:勝負運・必勝祈願・スポーツ上達江戸時代、富岡八幡宮で勧進相撲が行われていた頃、本場所を終えた幕内力士たちが御礼参りに訪れ、このお社の前で四股を踏むのが恒例でした。
  • なぜ参拝すべきか?:本殿の「武運」や境内の「横綱力士碑」とあわせて参拝することで、ここ一番の「勝負強さ」を授かることができます。
② 天満天神社(てんまんてんじんじゃ)
  • 御祭神:菅原道真公(すがわらのみちざねこう)言わずと知れた「学問の神様」です。
  • ご利益:合格祈願・学術向上・受験必勝富岡八幡宮を創祀した「長盛法印」が菅原道真公の末裔であったことに由来して祀られています。
  • なぜ参拝すべきか?:八幡様の「勝利のパワー」と天神様の「知恵・学問のパワー」をあわせて授かることができるため、受験生や資格試験を受ける方に非常におすすめです。
おすすめの参拝ルート
  1. 正面拝殿(本殿): まずは八幡様(主祭神)にご挨拶と日頃の感謝。
  2. 七渡神社: 拝殿の右奥へ進み、土地の守り神である弁天様へ開運祈願。
  3. 永代島稲荷神社&合末社: 周辺の稲荷様や野見宿禰神社・天満天神社へ目的に合わせてお参り。

富岡八幡宮へ行かれた際は、拝殿だけで終わらせず、ぜひ奥にあるこれらの摂社・末社にも足を延ばしてみてください。それぞれの神様の個性を感じながらお参りすると、より深みのある参拝になりますよ。

伊能忠敬像

投稿者プロフィール

Yutaka-S
トップへ戻る