🌍長崎と広島で平和を祈る旅🌍

長崎の平和祈念像を訪れるのはこれで3回目ですが、広島の平和記念公園と長崎の平和公園を同じ年に訪れたのは今年が初めてです。偶然とはいえ、続けて原爆が投下された地を訪れることで、世界で戦争や紛争が続く現状を改めて痛感しました。本当に早く、平和で幸せな世界が訪れることを祈らずにはいられません。

平和公園

【住所】〒852-8118 長崎県長崎市松山町9

(Wikipediaより)

※Geminiによる解説

1. 歴史と史実に基づいた出来事

平和公園がある場所には、かつて長崎刑務所浦上刑務支所がありました。1945年8月9日、この場所は爆心地からわずか100m〜300mという至近距離に位置していました。

  • 壊滅した刑務所: 原爆投下により、高さ4mの周囲の壁を残して刑務所の庁舎は完全に崩壊しました。当時、そこにいた職員、受刑者、収容者(計134名)は全員即死したと記録されています。
  • 戦後の建立: 戦後、被爆10周年を記念して1955年に「平和公園」として整備されました。悲劇の場所を、二度と過ちを繰り返さないための「平和の発信地」へとつくり替えたのが現在の姿です。

2. 原爆との関係性

この公園は、単なる休息の場ではなく、原爆の惨禍を後世に伝えるための**「祈りの空間」**として設計されています。

  • 平和祈念像: 公園の象徴である青銅製の巨大な像(北村西望作)には、深い意味が込められています。
    • 垂直に高く掲げた右手: 「原爆の脅威(天から降る恐怖)」
    • 水平に伸ばした左手: 「平和」
    • 軽く閉じた目: 「原爆犠牲者の冥福を祈る」
  • 平和の泉: 原爆で体内を焼かれた被爆者たちが「水を、水を」とうめきながら亡くなっていったという痛ましい体験に基づき、喉の渇きを癒やすための捧げものとして建設されました。
  • 浦上刑務支所の遺構: 現在も公園内には、当時の刑務所の基礎や周囲の壁の跡が露出した状態で保存されており、爆風の凄まじさを直接目にすることができます。

3. 観光としての魅力

歴史を学ぶ場であると同時に、長崎を代表する景勝地としての魅力も備えています。

  • 世界平和シンボルゾーン: 世界各国(旧ソ連、中国、ドイツ、ブラジルなど)から寄贈された平和を象徴するモニュメントが並んでおり、国際色豊かな芸術散策が楽しめます。
  • 周辺施設との連携: 公園から徒歩圏内に長崎原爆資料館や、倒壊した鳥居が残る山王神社浦上天主堂があり、セットで巡ることで長崎の歴史を深く理解できるルートになっています。
  • 高台からの眺望: 公園は小高い丘にあるため、浦上の街並みを一望でき、春には桜の名所としても親しまれています。

平和祈念像

(Wikipediaより)

※Geminiによる解説


1. 像が表す「平和へのメッセージ」

この像は、長崎出身の彫刻家・北村西望(きたむら せいぼう)によって制作されました。高さ約9.7メートル、重さ約30トンの青銅製で、その独特なポーズには一つひとつに重要な意味が込められています。

  • 天を指す右手: 「原爆の脅威(上から降ってくる恐怖)」を指し示し、核兵器の恐ろしさを警告しています。
  • 水平に伸ばした左手: 「安らかな平和」を表しています。
  • 軽く閉じた目: 「原爆犠牲者の冥福(めいふく)を祈る」という祈りの姿です。
  • 屈折した右足と、地を踏みしめる左足: * 折られた右足は「静」を表し、瞑想と祈りを。
    • 踏みしめた左足は「動」を表し、平和への力強い意志と立ち上がる勇気を象徴しています。

2. 制作の背景と北村西望の想い

作者の北村西望は、制作にあたって特定の宗教や人種に偏らないよう配慮しました。

  • 「神の愛」と「仏の慈悲」の融合: 像の顔立ちは、西洋的な彫りの深さと東洋的な穏やかさを併せ持っています。これは、世界中の人々が等しく平和を願えるようにという願いが込められているためです。
  • 究極の肉体美: 像は非常に筋肉質でたくましく描かれています。これは、原爆という巨大な破壊力に屈しない「人類の強靭な精神力」を表現したかったからだと言われています。

3. 制作エピソード:5年の歳月

この像は、被爆10周年の節目である1955年(昭和30年)に完成しました。

  • 制作期間: 構想から完成まで約5年を要しました。北村西望は当時70歳近い高齢でしたが、東京都武蔵野市にあるアトリエ(現在の井の頭自然文化園内)で、巨大な石膏模型を自ら削り、情熱を注ぎ込みました。
  • 全国からの寄付: 制作費の多くは、日本国内だけでなく世界中から寄せられた募金によって賄われました。まさに「人々の平和への願い」が形になったものと言えます。

4. 祈念像の前で行われる行事

毎年8月9日の「長崎原爆の日」には、この像の前で長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開催されます。

  • 世界中に向けて「長崎平和宣言」が読み上げられる場所であり、現在も核兵器廃絶を訴える世界的な発信拠点となっています。

平和祈念像の足元には、作者である北村西望自身の言葉でこの像の由来が刻まれています。

長崎原爆資料館

長崎原爆資料館は、平和公園のすぐ近く(「学びのゾーン」)に位置し、1945年8月9日の出来事とその後の歴史を伝える重要な施設です。

初めて訪れる方にも分かりやすいよう、その特徴と見どころを詳しく解説します。


1. どんな場所?(コンセプト)

この資料館は、単に「凄惨な過去」を見せるだけでなく、「なぜ原爆が落とされたのか(歴史)」「被爆した人々はどう生きたのか(復興)」、そして「これからの平和(核なき世界)」という一連のストーリーを展示しています。

2. 展示の主な見どころ

館内はテーマごとに分かれており、視覚的に訴えかける工夫がされています。

  • 11時2分で止まった時計: 原爆が炸裂したその瞬間に止まった柱時計が展示されています。日常が一瞬にして奪われたことを象徴する、最も有名な資料の一つです。
  • 再現された浦上天主堂: 爆心地近くで破壊された「浦上天主堂」の側壁が実物大で再現されています。熱線で黒く変色した聖像や、爆風でずれた石柱から、破壊力の凄まじさを肌で感じることができます。
  • ファットマン(原子爆弾)の模型: 長崎に投下された実物と同型の模型が展示されており、その巨大さと、これが一つの街を壊滅させたという事実を直視することになります。
  • 熱線による被害資料: 熱線によって溶けてくっついたガラス瓶や、瞬時に焼かれた衣類、人々の遺品などが展示されています。一つひとつの遺品の背景にある「個人の人生」が伝わってきます。
3. 歴史と未来への学び
  • 投下への経緯: 当時の世界情勢や、なぜ長崎が投下目標になったのかという歴史的背景も、パネルや映像で分かりやすく解説されています。
  • 核兵器のない世界へ: 現代の核兵器保有の現状や、平和に向けた国際的な取り組みについても触れており、見学の最後には「自分たちに何ができるか」を考える構成になっています。
4. 施設としての利便性
  • バリアフリー: スロープやエレベーターが整備されており、車椅子やベビーカーでも安心して見学できます。
  • ピースカフェ: 館内には「ピースカフェ」という喫茶コーナーがあり、見学後に少し落ち着いて考えを整理したり、長崎名物を味わったりすることができます。
  • 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館: 資料館に隣接しており、静かに犠牲者を追悼するための、非常に厳かで美しい空間が広がっています。

平和公園で「祈り」を捧げた後、この資料館で「真実」を学ぶことで、より深く平和の尊さを感じることができます。

平和祈念像

爆心地周辺復元図

長崎市原子爆弾被害区域図

平和の泉

平和公園

平和公園総合案内板

長崎市原子爆弾無縁死没者追悼祈念堂案内板

長崎原爆資料館

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Kazma-S