
下鴨神社には何度か参拝したことがありましたが、もう一つの「賀茂社」である上賀茂神社には、これまで一度も訪れたことがありませんでした。
名前もよく似ていますし、京都三大祭の一つ葵祭にも深く関係する二つの神社。
そのため、「下鴨神社のすぐ近くにあるのだろう」と、勝手に思い込んでいました😊
下鴨神社を参拝した後、そのまま歩いて上賀茂神社へ向かおうと考えていたのですが、念のため地図を確認してみると――「思っていたより、かなり遠い!」
同じ“賀茂神社”という感覚で気軽に歩こうとしていましたが、これは少し厳しそうです😅
そこで徒歩移動は諦め、車で向かうことにしました🚗
ところが、この判断が大正解。
道中では賀茂川沿いの美しい景色を楽しむことができ、京都の市街地とはまた違った、ゆったりとした風景が広がっていました🌿
「歩くのを諦めた」というより、「車にしたからこそ、この景色に出会えた」と思える気持ちのよい移動時間になりました。
そして、ようやく初めての上賀茂神社へ⛩️✨
境内に入ると、下鴨神社とはまた違う、広々として清々しい雰囲気が感じられます。
同じ賀茂社でありながら、それぞれに異なる魅力があるのが面白いところです。
さらに境内を歩いていると、思いがけないものを発見しました。
それが、紫式部の歌碑です📜
平安時代を代表する作家であり、『源氏物語』の作者として誰もが知る紫式部。
しかし、上賀茂神社と紫式部に関わりがあることは、それまでまったく知りませんでした。
「ここで紫式部の名前に出会うとは!」と驚くと同時に、また一つ新しい歴史のつながりを知ることができました😊
寺社を訪れると、事前に目的としていた歴史だけでなく、思いがけない人物や物語に出会うことがあります。
今回も、下鴨神社との距離に驚き、賀茂川の景色に癒やされ、最後には紫式部とのご縁まで知ることができました。
知らないことを一つ知るだけで、旅の思い出は何倍にも深くなる。
上賀茂神社は、京都の歴史と自然、そして平安文学とのつながりまで感じさせてくれる、素晴らしい神社でした⛩️🌿✨
賀茂別雷神社(上賀茂神社)
【住所】〒603-8047 京都府京都市北区上賀茂本山339
【主祭神】賀茂別雷大神
【札所等】神仏霊場巡拝の道
【世界遺産】古都京都の文化財
【創建】伝・天武天皇6年(677年)
※Gemini による解説
京都最古の神社の一つであり、世界文化遺産にも登録されている賀茂別雷神社(上賀茂神社)。
1. 御利益
主祭神である賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)の神名にある「別雷」とは、「雷を分けるほどの強大な力を持つ」という意味を秘めています。
主な御利益
- 必勝祈願・開運厄除雷の凄まじい威光と力により、あらゆる災厄・悪霊を祓い切り、困難を打ち破って勝利や成功をもたらすとされています。人生の重要な決断期や勝負どころにおいて絶大なご加護が期待できます。
- 電気・IT関連の安全祈願「雷=電気」の象徴でもあることから、現代では電力会社やIT・電機業界、技術職の方々からの信仰も非常に篤いのが特徴です。
- 縁結び・恋愛成就(摂社:片山御子神社)境内の摂社「片山御子神社(片岡社)」には、神話で賀茂別雷大神を生んだ母神(玉依姫命)が祀られており、京都屈指の縁結びスポットとして有名です。
参拝時に願うとよいこと
本殿では**「厄災を祓い、大切な勝負事や目標を成し遂げるための力」**を祈願するのが最適です。また、人生の良縁や人間関係の円満を望む場合は、本殿参拝後にあわせて片岡社へ立ち寄るとよいでしょう。
2. 歴史:創建と平安京を支えた由緒
創建と神話
神話によれば、神代の昔、社殿の北北西に位置する「神山(こうやま)」に賀茂別雷大神が降臨したことが始まりとされます。社伝によると、飛鳥時代の天武天皇6年(678年)には現在のような社殿群が整えられたと伝えられており、京都のなかでも極めて長い歴史を誇ります。
史実に基づく主な出来事
- 平安京の守護神としての崇敬延暦13年(794年)の平安遷都の際、桓武天皇は伊勢神宮に次ぐ国家の守護神として上賀茂神社・下鴨神社を崇敬しました。王城鎮護(都を守る)の要として、皇室をはじめ歴代の朝廷から手厚く保護されます。
- 「斎院」の開設と『源氏物語』平安時代には、天皇の未婚の皇女が神に仕える「斎王(さいおう)」制度が整えられ、斎王が暮らす斎院が置かれました。『源氏物語』の「葵」の帖で、葵の上と六条御息所が車争いをした舞台としても広く知られています。また、紫式部もこの地を度々訪れ、歌を残しています。
3. お勧めの参拝時期
新緑と祭典の季節(5月)
最もお勧めなのは5月中旬です。毎年5月15日には京都三大祭りの一つである「葵祭(賀茂祭)」が執り行われ、王朝絵巻さながらの風雅な行列が神社に到着します。また、5月5日には競走馬のルーツとも言われる天下泰平を祈る神事「競馬会神事(くらべうまえしんじ)」が行われ、馬が参道を駆け抜ける壮観な姿を見ることができます。
その他の見どころの時期
- 初秋(9月9日・重陽の節句)「烏相撲(からすずもう)」などの伝統神事が行われ、境内に清々しい秋風が吹き抜けます。
- 紅葉期(11月中旬〜12月上旬)境内に流れる「ならの小川」沿いの紅葉が美しく色づき、朱塗りの楼門との対比が見事です。
4. 観光としての魅力
- 広大な鎮守の森と清流「ならの小川」一の鳥居をくぐると、広大な芝生と緑豊かな森が広がります。境内を流れる清流「ならの小川」のせせらぎは、訪れるだけで心が洗われるような静寂と神聖な空気をもたらしてくれます。
- 国宝・重文の建築群と「立砂」二の鳥居前に広がる細殿の前には、神が降臨した神山を模した円錐形の砂の山「立砂(たてすな)」が築かれています。これは現代の「盛塩」の起源とも言われる象徴的な景観です。本殿・権殿(ともに国宝)をはじめ、41棟の重要文化財が立ち並ぶ建築美も見応えがあります。
- 門前名物「やきもち」鳥居のすぐ近くにある老舗和菓子店(葵家やきもち総本舗・神馬堂)で味わえる香ばしい「やきもち」は、参拝後の散策のお供として欠かせない名物です。
賀茂別雷大神
1. 「賀茂別雷大神」という神名の意味
神名にある「別雷(わけいかづち)」という言葉は、直訳すると「雷を分ける」ですが、古語では「雷を分かつほどの強大な力(凄まじい威光)を持つ神」を意味します。
神道において雷は、恵みの雨をもたらす「農業の神の力」であると同時に、あらゆる邪気や不浄を一瞬で打ち砕く「最強の浄化力」の象徴でもあります。そのため、あらゆる災厄・悪霊を祓い切り、開運をもたらす至高の厄除・勝負の神様として崇敬されてきました。
2. 賀茂別雷大神の誕生神話(神話のあらすじ)
『山城国風土記』の逸話として伝えられる神話は、非常に神秘的でドラマチックです。
① 赤い矢となって流れてきた神
賀茂の地を治めていた古代の豪族の姫である玉依姫命(たまよりひめのみこと)が、現在の出雲路橋のあたり(鴨川)で水遊び(禊)をしていたところ、川上から「丹塗矢(にぬりのや:朱色に塗られた美しい矢)」が流れてきました。
② 不思議な授かりものとご誕生
姫がその矢を拾い持ち帰って床の we (寝所) の近くに置いたところ、やがて姫は身ごもり、男の子の神様をお産みになりました。この男の子こそが賀茂別雷大神です。
③ 天へと上り、神となられる
男の子が大人になり、祖父の賀茂建角身命(かもたけつみのみこと)がお祝いの宴を開いて「汝の父と思う神に酒を捧げよ」と告げました。すると男の子は杯を天に向けて高く掲げ、そのまま天の屋根を突き破って昇天してしまったのです。流れてきた丹塗矢の正体は、天の火雷神(ほのいかづちのかみ)だったと伝えられます。
④ 神山(こうやま)への降臨
天に上られた神に会いたいと母である玉依姫命が願うと、夢枕に神が現れ、「葵(あおい)と桂(かつら)で飾った祭をし、馬を走らせて待ちなさい」とお告げがありました。その言葉通りにすると、本殿の北北西に位置する美しく秀麗な「神山(こうやま)」の頂に降臨されたとされています。
3. なぜ「馬」や「葵」とゆかりが深いのか?
上賀茂神社の伝統や行事の多くは、この別雷大神の降臨神話に基づいています。
- 葵(あおい)神降臨の際、葵と桂を飾って迎えたことから、上賀茂神社・下鴨神社の御神紋は「二葉葵」となり、京都三大祭りの「葵祭(賀茂祭)」の名の由来にもなっています。
- 馬(走馬の神事)神をお迎えするために馬を走らせた故事が、5月5日に行われる「競馬会神事(くらべうまえしんじ)」のルーツです。日本の競馬の始祖とも呼ばれる行事で、別雷大神の力強い俊敏性や勝負運の象徴でもあります。
- 立砂(たてすな)境内の中央(細殿前)に盛られた2つの砂の山は、別雷大神が最初に舞い降りた「神山」を模した降神の依代(よりしろ)です。頂に立てられた松の葉は、神をお迎えする目印とされています。
4. 現代におけるご加護と信仰
古代より王城鎮護(都の守り神)として崇められてきた別雷大神ですが、現代ではその神徳が多様に解釈され、幅広く親しまれています。
| 祈祷・ご利益 | 由来と現代での意味 |
| 必勝・開運・厄除 | 困難を断ち切る雷の凄まじい威光から、重要な勝負事や新しい挑戦を成功へ導く。 |
| 電気・IT・技術安全 | 「雷=電気の神様」でもあることから、電力会社やシステムエンジニア、IT企業からの参拝が非常に多い。 |
| 方除・建築安全 | 天から降臨した際に災いを祓い清めたことから、引越しや新築、方角の災厄を抑える守護神とされる。 |
葵祭
京都三大祭り(祇園祭・時代祭・葵祭)の一つである「葵祭(あおいまつり)」は、上賀茂神社(賀茂别雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)にとって年間で最も重要かつ格式高い例大祭です。
正式名称は「賀茂祭(かもまつり)」といい、主祭神である賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)の降臨神話と深く結びついています。
1. 葵祭のルーツ:賀茂別雷大神の「神話」
葵祭の起源は、上賀茂神社の主祭神・賀茂別雷大神が降臨された際の神話にあります。
神話の中で、天へ帰られた別雷大神に「もう一度お会いしたい」と願った母神(玉依姫命)に対し、大神は夢枕でこう告げました。
「私に会いたくば、葵(あおい)と桂(かつら)で飾った飾りを付け、馬を走らせて待ちなさい」
このお告げ通りに祭りを行い、別雷大神を再びお迎えした故事こそが、葵祭の原点です。そのため、祭りのすべての道具や装束、牛車、社殿に至るまで、植物の「フタバアオイ(二葉葵)」と「カツラ(桂)」の葉で彩られる伝統が今も続いています。
2. 葵祭の歴史:1500年の時を超える「国の祈り」
- 始まり(約1500年前・欽明天皇の時代) 国内で風水害や凶作、疫病が続いた際、天皇の命により賀茂の神々への祟りを鎮める祈願を行ったところ、風雨が収まり五穀豊穣となったのが始まりとされています。
- 平安時代:「祭りといえば賀茂祭」 平安京遷都以降、都を守る至高の守護神として朝廷から熱く崇敬されました。当時、単に「お祭り」といえばこの「賀茂祭」を指すほど特別な存在であり、『源氏物語』や『枕草子』といった王朝文学にも象徴的に描かれています。
- 「葵祭」と呼ばれるようになった理由 本来の正式名称は「賀茂祭」ですが、江戸時代(元禄年間)に祭りが再興された際、身に付ける葵の葉が強く印象付けられたことから、通称として「葵祭」の名が定着しました。
3. なぜ行列は「御所 → 下鴨神社 → 上賀茂神社」の順に巡るのか?
毎年5月15日に行われる見どころ「路頭の儀(ろとうのぎ)」では、平安貴族の装束を纏った約500名の美しい行列が、京都御所を出発して下鴨神社を経て、終点である上賀茂神社へと向かいます。
【京都御所】 ──(出発)──> 【下鴨神社】 ──(到着)──> 【上賀茂神社】
(母の神社) (息子の神社)
この順番には大切な家族の絆が込められています。
- まず母の元へ:下鴨神社の主祭神は、別雷大神の母である「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」です。
- 次に息子の元へ:下鴨神社での儀式を終えた行列は、そのまま息子の賀茂別雷大神が鎮座する「上賀茂神社」へ向かい、本殿で最も重要な「社頭の儀(しゃとうのぎ)」を執り行います。
親を敬い、子を迎える神道の伝統が、行列の経路そのものに表現されているのです。
4. 上賀茂神社と葵祭の関わりまとめ
| 要素 | 葵祭との関係・意味 |
| 神紋「二葉葵」 | 大神を迎える目印とされた聖なる草木。葵祭の象徴。 |
| 走馬の起源 | 降臨のお告げにあった「馬を走らせる」故事は、葵祭の前哨戦である「競馬会神事(5月5日)」のルーツ。 |
| 斎王代(さいおうだい) | 平安時代、別雷大神に仕えるため皇室から派遣された未婚の皇女「斎王」の現代の姿。 |
世界遺産
1. 世界遺産登録の経緯
- 登録年:1994年(平成6年)12月
- 登録名:「古都京都の文化財(京都府・滋賀県)」
1994年、京都市・宇治市・大津市に点在する17の寺社や城郭が、ひとつの集合体(シリアル・ノミネーション)としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。上賀茂神社はその中心的な構成資産の一つとして選ばれています。
上賀茂神社の場合は、社殿群だけでなく約23万坪にも及ぶ自然豊かな境内全域と、背後に控える聖なる山「神山(こうやま)」を含めた広大な歴史的環境がそのまま指定範囲となっています。
2. 世界遺産に評価された主な理由
ユネスコの評価基準(評価コード:ii および iv)に基づき、上賀茂神社が世界の宝として認められた主な理由は以下の3点に集約されます。
① 平安京以前から続く「古代の神道景観」が保たれている
上賀茂神社は、794年の平安京遷都よりも遥か昔からこの地に鎮座する京都最古級の神社です。
単に古い建物が残っているだけでなく、「神が降臨した山(神山)を仰ぎ見、清流(ならの小川)が流れ、鎮守の森が社殿を包み込む」という古代日本人の自然崇拝・神道の原風景が、現在も完璧な形で保存されている点が国際的に高く評価されました。
② 国宝・重要文化財が凝縮された高い建築美
境内には、日本の神社建築の最高峰を示す貴重な文化財が集結しています。
- 国宝(2棟):流造(ながれづくり)の代表作である「本殿」と「権殿」。
- 重要文化財(41棟):朱塗りの「楼門」や、降臨の山を象った立砂が並ぶ「細殿」など。
これらが21年ごとの「式年遷宮(しきねんせんぐう)」によって定期的に修復・建て替えられ、何百年もの間、創建当時の伝統技法と美しさが寸分なく継承されてきた点(真実性・真正性)が称賛されました。
③ 朝廷・国家の守護としての高い歴史的価値
平安遷都以来、皇室や朝廷から「都を守る至高の社」として格別の崇敬を受け、貴族文化や日本の伝統文化の形成に大きな影響を与えました。『源氏物語』にも描かれた「葵祭(賀茂祭)」をはじめとする伝統神事や儀礼が、1000年以上の時を超えて現在も途切れずに受け継がれている文化的価値も評価の大きな要素となっています。
3. まとめ
上賀茂神社が世界遺産に登録された理由は、「国宝級の木造建築」と「神話時代から続く聖なる自然環境」、そして「1000年以上変わらず継承されてきた信仰と文化」が奇跡的なバランスで今日まで守り抜かれてきたからです。
参拝の際には、美しい社殿だけでなく、清流のせせらぎや背景にそびえる神山など、境内全体に満ちる歴史の息吹を感じてみてください。
紫式部
平安時代を代表する文人である紫式部と上賀茂神社(賀茂別雷神社)の間には、単なるゆかりの地というだけでなく、信仰や作品を通じた非常に深い関係があります。
1. 縁結びを願って通った「片岡社」と和歌
紫式部は、上賀茂神社の境内にある第一摂社「片山御子神社(かたやまみこじんじゃ / 通称:片岡社)」へ足繁く参拝していたことで知られています。
片岡社に込めた祈り
片岡社の主祭神は、上賀茂神社の主祭神(賀茂別雷大神)を生んだ母神である玉依姫命(たまよりひめのみこと)です。古くから縁結び・安産・子育ての神様として貴族女性たちの信仰を集めていました。
新古今和歌集に収められた名歌
紫式部が片岡社に参拝した際、梢の美しさに心を寄せ、恋(あるいは良縁)を祈って詠んだ和歌が『新古今和歌集』に残されています。
「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしずくに 立ちやぬれまし」
(訳:ホトトギスの声を待つ間は、ここ片岡の森の木の下に立ち、落ちてくる雫に濡れていましょうか)
※「ホトトギス」は待ち望む人(良縁・将来の伴侶)の例えとされ、**「理想の相手に巡り逢えるなら、朝露に濡れてでもいつまでも待っていたい」**という奥ゆかしくも切実な恋愛感情が込められています。
現在も片岡社の境内にはこの和歌を刻んだ歌碑が建てられているほか、紫式部が描かれたハート型の絵馬に良縁を託す参拝者が後を絶ちません。
2. 『源氏物語』に登場する上賀茂神社
紫式部は自身の代表作である『源氏物語』の中でも、上賀茂神社や賀茂の神事を重要な舞台・背景として描いています。
- 「葵」の帖と車争い(くるまあらし)第9帖「葵」において、賀茂祭(現在の葵祭)で斎王のお禊(みそぎ)を見学しようと集まった人々の間で、光源氏の正妻である「葵の上」と、愛人である「六条御息所」の牛車が立ち位置をめぐって激しく衝突する有名な「車争い」の場面が描かれます。この出来事が、物語の大きな転換点(生霊の執着)へと繋がっていきます。
- 斎王(斎院)の存在平安時代、皇室から上賀茂・下鴨神社へ遣わされた未婚の皇女「斎王(斎院)」は、都の文化・文学の中心的な存在でした。紫式部が仕えた藤原彰子や、ライバルである清少納言が仕えた藤原定子などの宮廷サロンにとっても、賀茂の斎院は特別な憧れの対象として物語に色濃く反映されています。
3. まとめ:式部を惹きつけた聖地
紫式部にとって上賀茂神社(特に片岡社)は、自らの良縁や幸せを静かに祈る「一人の女性としての祈りの場」であり、同時に王朝文学の最高峰である『源氏物語』の情念や華やかさを引き立てる「創作のインスピレーションの源」でもありました。
神社を訪れる際は、本殿への参拝とあわせて、楼門手前にある片岡社や紫式部の歌碑にも足を運んでみると、千年前の王朝文学の世界観をより身近に感じることができます。
摂社、末社
上賀茂神社(賀茂別雷神社)の境内やその周辺には、本殿を支える重要な役割を持った摂社(せっしゃ)や末社(まっしゃ)が多数鎮座しています。
1. 片山御子神社(かたやまみこじんじゃ) / 通称:片岡社(片岡神社)
楼門の手前に鎮座する、上賀茂神社で最も重要とされる「第一摂社」です。
- 御祭神:玉依姫命(たまよりひめのみこと)※本殿の主祭神である賀茂別雷大神を生んだ「母神様」です。
- 御利益:縁結び・恋愛成就・安産・子授け・家内安全
- 参拝しておきたい理由:神話において「川から流れてきた朱色の矢を枕元に置いたことで神子(別雷大神)を身ごもった」という由緒を持ち、古くから屈指の縁結びの神様として崇敬されてきました。平安時代の歌人・紫式部も良縁を願って足繁く通い、和歌を遺した場所として全国的に有名です。本殿参拝とあわせて訪れることで、「母と子」双方の神様のご加護をいただくことができます。
2. 新宮神社(しんぐうじんじゃ)
第二鳥居をくぐった先の楼門近く(境内東側)に静かにたたずむ摂社です。
- 御祭神:高龗神(たかおかみのかみ)
- 御利益:水難除け・開運・心身の浄化・病気平癒
- 参拝しておきたい理由:水の供給や天候を司る龍神様(高龗神)をお祀りしています。古くから貴船神社(主祭神が同じ高龗神)との深い繋がりを持ち、かつては「貴船にお詣りするのと同じご利益がある」と崇められました。通常は門が閉ざされていますが、毎月第2土曜日など特定の開門日には特別に参拝でき、清々しい気をもらえる秘かなパワースポットです。
3. 奈良神社(ならじんじゃ)
二の鳥居近く、境内の「ならの小川」のほとりにたたずむ重要文化財の末社です。
- 御祭神:楢町神(ならのまちのかみ)
- 御利益:食中毒除け・腹痛平癒・健康長寿
- 参拝しておきたい理由:「悪いものを食べても腹痛を起こさない」「食の災いから身を守る」とされる、非常に珍しいお腹の病気平癒・食安全の神様です。古来、神職や参拝者が「ならの小川」で禊(みそぎ)をして身を清めた故事に由来しており、現代でも健康や食に携わる人々からの信仰を集めています。
4. 須波神社(すわじんじゃ)
本殿の裏手・西側の静寂な小高い場所に鎮座する末社です。
- 御祭神:阿須波神(あすはのかみ)をはじめとする五柱の神々
- 御利益:足腰健康・旅の安全・屋敷鎮定(家の守護)
- 参拝しておきたい理由:阿須波神は古くから「足元の安全を守る神」とされ、旅行や旅立ちの安全祈願、あるいは「足腰を丈夫に保つ」ご利益で知られています。本殿の賑やかさとは異なり、静かで神聖な空気が漂う場所であり、足腰に不安のある方や移動・出張が多い方には特にお勧めです。
5. 大田神社(おおたじんじゃ) ※境外摂社
上賀茂神社から東へ徒歩約10分、参道から少し離れた場所に鎮座する境外摂社(けいがいせっしゃ)です。
- 御祭神:天鈿女命(あめのうずめのみこと)
- 御利益:芸能上達・長寿・開運・美貌成就
- 参拝しておきたい理由:天岩戸隠れの神話で神々しく舞を舞った芸能の神・天鈿女命をお祀りしており、芸事・表現力の上達を願う人々やアーティストが絶えず参拝に訪れます。また、境内脇の沢池には国指定の天然記念物である「カキツバタ群落」があり、毎年5月上旬〜中旬には紫色の美しい花々が一面に咲き誇る景勝地としても知られています。
おすすめの巡り方まとめ
- 二の鳥居をくぐったら、まずは「奈良神社」でお腹・身体の健康を祈願。
- 楼門手前で、最も重要な「片岡社」にて良縁や人間関係の円満を祈祷。
- 本殿(賀茂別雷大神)で全体の厄除け・必勝を祈願。
- 本殿参拝後、裏手の「須波神社」で足腰健康・道中安全を祈願。
- 時間に余裕があれば、東へ少し足を延ばして「大田神社」へ向かい、芸事上達や美しいカキツバタの景観を楽しむ。
このように巡ることで、上賀茂神社が持つ「厄除け・勝利・健康・良縁」のご利益を余すことなく授かることができます。







上賀茂神社と謡曲「賀茂」


世界遺産「古都京都の文化財」







立砂


樟橋





片山御子神社


岩上


紫式部歌碑



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