🏯🌸 道後温泉だけではない、松山のシンボル!名城の誇り 🏰🎌

松山城

🌊 愛媛県松山市のシンボル、松山城。松山といえば道後温泉が有名ですが、全国屈指の平山城であり、松山に来たら見ておきたい名城です。😌🏯
🌸 道後温泉以外にも、松山には歴史と誇りが詰まった名所があります。松山城で過ごすひとときは、まさに平和と歴史の調和ですね。🚗🌟

松山城

【住所】〒790-0008 愛媛県松山市丸之内1

(Wikipedia)

※Geminiによる解説

松山城は、日本に12か所しか残っていない「現存12天守」の一つであり、江戸時代以前からの天守が現代まで受け継がれている非常に貴重な名城です。


1. 松山城の歴史:創建から現代まで

松山城の歴史は、関ヶ原の戦いでの功績が認められた「伊予の英雄」から始まります。

創建と加藤嘉明(1602年〜)
  • 築城開始: 1602年(慶長7年)、豊臣秀吉の飼い子として育ち「賤ヶ岳の七本槍」の一人に数えられた加藤嘉明が築城を開始しました。
  • 地名の由来: それまで「勝山」と呼ばれていたこの地を、嘉明が「松山」と改称したことが、現在の松山市の名の由来となりました。
  • 完成まで: 嘉明は25年もの歳月をかけて城を築きましたが、完成直前の1627年に会津藩へ転封(異動)となり、自ら完成を見届けることはできませんでした。
蒲生氏と松平氏の時代
  • 蒲生氏: 嘉明の後は蒲生忠知が入城し、二之丸などを完成させましたが、跡継ぎがおらず断絶。
  • 親藩・松平氏: 1635年に徳川家康の血を引く松平定行が入城。以後、明治維新まで松平氏(久松松平家)が代々城主を務めました。
災難と再建
  • 落雷による焼失: 1784年(天明4年)、元々の5重の天守が落雷により焼失しました。
  • 幕末の再建: 財政難や時代背景もあり再建は遅れましたが、1854年(安政元年)にようやく現在の天守が再建されました。これが現在私たちが見ている「現存天守」です。

2. 観光としての魅力

松山城は、単なる歴史建造物としてだけでなく、その構造や景観から「日本屈指の名城」と称えられています。

四国最大級の「連立式天守」
  • 天守、小天守、南隅櫓、北隅櫓が渡櫓(わたりやぐら)で結ばれ、中庭を囲む形になっています。
  • 防御力の高さ: 侵入した敵を四方から攻撃できる、実戦を意識した非常に厳重な構造が特徴です。
圧倒的な防御システム(登り石垣など)
  • 登り石垣: 山麓から山頂を繋ぐように築かれた石垣で、全国的にも松山城や彦根城など数カ所でしか見られない珍しい遺構です。
  • 迷路のような道: 本丸に至るまで何度も折れ曲がる門や、死角から攻撃を仕掛ける「横矢掛かり」など、城郭建築の粋を集めています。
眺望とアクセス
  • 360度のパノラマ: 天守からは松山市街はもちろん、西には瀬戸内海、南には石鎚連峰を一望できます。
  • ロープウェイとリフト: 山頂までは徒歩(約20分)でも登れますが、ロープウェイや1人乗りリフトで空中散歩を楽しみながら攻城できるのも大きな魅力です。

豆知識: 松山城の公式キャラクター「よしあきくん」は、初代城主・加藤嘉明にちなんで作られました。

城山公園

登り石垣

俳句ポスト投句口

松山城へのいざない

石垣

待合番所跡

戸無門

隠門

隠門続櫓

別称「金亀城」の名前の由来

太鼓門

井戸

太鼓櫓

玉薬土蔵跡

松山城

本丸  本檀

紫竹門

艮門、同東続櫓

伯爵久松定謨頌徳碑  徳川家正謹書

乾櫓・野原櫓

乾門

元小普請所跡

城山公園

国指定史跡 松山城跡

松山城 本檀 配置図

重要文化財 穴蔵
重要文化財 天守 

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Kazma-S