【根津神社・文京区】⛩️ 外国人観光客がいっぱい!その理由は「千本鳥居」?🌏

根津神社

境内に入って、まず驚いたことがありました。「外国人観光客が多い!」
これまで東京十社のいくつかを巡ってきましたが、ここまで多くの外国人観光客を見かけた記憶はありません。根津神社の境内を歩いていると、何となく他の神社とは雰囲気が違うように感じました。
「なぜ、根津神社にはこんなに外国人観光客が集まっているんだろう?」
そんな疑問を持ちながら境内を散策していると、その理由らしきものが見えてきました。

根津神社の境内には、「乙女稲荷神社(おとめいなりじんじゃ)」という神社があります。
そして、その参道に並んでいるのが、朱色の鳥居。いわゆる「千本鳥居」です。
朱色の鳥居が連なる光景は、日本人にとっても印象的ですが、海外から訪れた人にとっては、さらに特別なものに映るのでしょう。
しかも、写真映えも抜群です。

千本鳥居と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、やはり京都の「伏見稲荷大社」です。
京都まで移動しなくても、東京の街中で千本鳥居を体験できる。
これは外国人観光客にとっても、なかなか魅力的なのではないでしょうか。

それにしても、千本鳥居の人気はすごいものです。
神社には本殿や拝殿、歴史ある建築物など、見どころがたくさんあります。
ところが、海外から訪れる観光客にとっては、朱色の鳥居が連なる風景そのものが、大きな魅力になっているようです。
考えてみれば、あの光景はなかなか独特です。
何本もの鳥居が並び、その下をくぐりながら進んでいく。
単に鳥居を眺めるのではなく、鳥居の中を歩くこと自体が一つの体験になっています。
しかも、朱色の鳥居は日本らしさを感じさせる風景の一つ。
千本鳥居は、言葉のいらない日本の観光名所なのかもしれません。

稲荷信仰では、願いが「通る」ことへの祈願や、願いがかなったことへの感謝として鳥居を奉納する習慣があります。
そうした信仰が積み重なり、鳥居が連なる独特の景観が生まれました。
一本一本の鳥居に、人々の願いや感謝の気持ちが込められているのです。
観光客を魅了する美しい風景の背景には、長く続いてきた日本の信仰があるわけです。

今回の目的は、あくまで東京十社巡りとして根津神社を参拝することでした。
しかし、境内に入って最初に気になったのは、外国人観光客の多さ。
そして歩いているうちに、乙女稲荷神社の千本鳥居に出会いました。

根津神社

【住所】〒113-0031 東京都文京区根津1丁目28−9

【主祭神】須佐之男命、大山咋命、誉田別命、大国主命、菅原道真公
【創建】不詳

【Wikipedia】

※Gemini による解説

ご利益とお願いするとよいこと

根津神社には、日本の神話や歴史を彩るそうそうたる五柱の主祭神が祀られており、それぞれの神徳に由来する幅広いご利益があるとされています。

  • 主祭神: 須佐之男命(すさのおのみこと)、大山咋命(おおやまくいのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと / 応神天皇)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、菅原道真公(すがわらみちざねこう)
  • ご利益との関係:
    • 須佐之男命: 厄除け、災難除け、諸願成就
    • 大山咋命: 家内安全、産業・方除け
    • 誉田別命(応神天皇): 勝負運、武運長久、出世開運
    • 大国主命: 縁結び、良縁成就、福徳開運
    • 菅原道真公: 学業成就、合格祈願、諸芸上達
  • 参拝の際にお願いするとよいこと: オールマイティなご利益を持つ神社ですが、特に「縁結び」「学業・合格祈願」「厄除け・家内安全」の祈願に訪れる参拝者が多く見られます。自身のライフステージや目的に合わせて、それぞれの神様を意識して手を合わせるとよいでしょう。

歴史と由緒

  • 創建の時期: 社伝によると、今からおよそ1900年前に日本武尊(やまとたけるのみこと)が千駄木の地に創祀したと伝えられる、都内でも有数の古社です。
  • 江戸期の遷座: 文明年間(15e中頃)には太田道灌が社殿を建立しました。江戸時代に入り、1706年(宝永3年)に江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉が世継ぎ(家宣)の産土神(うぶすながみ)として現在の地に盛大な社殿を造営し、遷座させました。
  • 史実に基づいた有名な出来事・建築:
    • 徳川綱吉によって寄進された社殿(本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門)は、江戸時代の神社建築の最高傑作の一つとして、現在国の重要文化財に指定されています。
    • 東京大空襲の戦火を奇跡的に免れたため、江戸時代の壮麗な権現造のたたずまいがそのまま現代に残されています。また、文豪・夏目漱石や森鴎外ゆかりの地としても知られ、日本近代文学史の舞台にも度々登場します。

おすすめの参拝時期

  • 4月上旬〜下旬(つつじ祭り): 境内にある広大な「つつじ苑」には、約100種3,000株のツツジが植えられており、毎年この時期に合わせて「文京つつじまつり」が開催されます。色とりどりのツツジが咲き誇る景観は圧巻で、多くの観光客でにぎわう最も華やかな季節です。
  • 落ち着いて参拝したい時期: 厳かな雰囲気をじっくり味わいたい場合は、行事の少ない初夏や秋口、または早朝の参拝がおすすめです。特に朝の境内は静寂に包まれ、江戸情緒あふれる社殿や豊かな緑を心ゆくまで堪能できます。

観光としての魅力

  • 江戸の古社を伝える見事な社殿群: 朱色が鮮やかな楼門や唐門、細部まで精緻な彫刻が施された本殿など、江戸時代の宮大工の技が光る建造物は必見です。当時の将軍家の威光と神社建築の美しさを肌で感じることができます。
  • 京都を思わせる「千本鳥居」と乙女稲荷神社: 境内奥の「乙女稲荷神社」へ続く参道には、ずらりと並ぶ見事な千本鳥居があります。都心にいながら京都の伏見稲荷大社を彷彿とさせる神秘的なトンネルをくぐり抜ける体験が楽しめます。
  • 緑豊かな境内と下町情緒: ツツジ苑のほか、境内には文豪たちが好んだとされる「文豪の井戸」や、歴史を感じさせる木々が茂り、散策に最適です。周辺には趣のある谷根千(谷中・根津・千駄木)エリアの街並みが広がっており、参拝とあわせて下町散歩やカフェ巡りも楽しむことができます。

主祭神: 須佐之男命、大山咋命、誉田別命、大国主命、菅原道真公

根津神社は、時代ごとの出来事(日本武尊の創祀、江戸幕府による造営、明治の神仏分離など)を経て、現在の五柱の神々をお祀りする形態へと至っています。

1. 須佐之男命(すさのおのみこと): 社格の起源と「根津権現」の中心
  • 関係性: 根津神社の最も根幹をなす主祭神です。
  • 歴史的背景:根津神社は古く「須賀神社」や「牛頭天王(ごずてんのう)」を祀る社としての伝承を持ち、日本武尊が千駄木の地に創祀した際にも関わるとされる歴史ある神です。江戸時代には、後述の大山咋命・誉田別命とともに「根津三社大権現」と称され、須佐之男命はその中心的な存在でした。
2. 大山咋命(おおやまくいのみこと): 徳川家康・将軍家と「日吉山王信仰」
  • 関係性: 滋賀県・日吉大社(山王権現)の神であり、江戸城の鎮守(日枝神社など)として徳川家が極めて重んじた神です。
  • 歴史的背景:江戸時代、徳川幕府は山王信仰(山王権現)を非常に重視していました。1706年(宝永3年)、5代将軍・徳川綱吉が世継ぎ(後の6代将軍・家宣)の産土神として根津神社を現在の地に盛大に造営・遷座させた際、将軍家の守護と江戸の安寧を祈念して「山王権現」として一体的に祀られた経緯があります。
3. 誉田別命(ほんだわけのみこと / 応神天皇): 徳川将軍家の氏神「八幡信仰」
  • 関係性: 武家の守護神である「八幡大菩薩(八幡神)」のことです。
  • 歴史的背景:徳川家康をはじめとする清和源氏の流れをくむ徳川将軍家にとって、八幡神は自らの家系を守護する絶対的な氏神でした。徳川綱吉による社殿建立の際、須佐之男命・大山咋命(山王)とともに八幡神(誉田別命)が合わせ祀られ、「根津三社大権現」の三位一体の信仰体系が確立しました。
4. 大国主命(おおくにぬしのみこと): 須佐之男命との神話的系譜と合祀
  • 関係性: 相殿(あいどの)にお祀りされている神様です。
  • 歴史的背景:神話において大国主命は須佐之男命の子孫(または子)とされ、古くから親密な関係にあります。根津神社周辺の土地神的な信仰(いわゆる大黒天・甲子信仰)や、明治時代の神仏分離・神社合祀の過程の中で、主祭神である須佐之男命とゆかりの深い神として配祀・合祀され、今日に至っています。
5. 菅原道真公(すがわらみちざねこう): 地域の学問・天神信仰と合祀
  • 関係性: 大国主命と同じく、相殿にお祀りされている神様(天神様)です。
  • 歴史的背景:明治時代以降の神社整理・合祀に伴い、近隣に散在していた天満宮(天神社)の御分霊が根津神社へ合祀されたことでお祀りされるようになりました。文京区は古くから学問や文豪(夏目漱石や森鴎外など)にゆかりの深い土地柄であり、学問の神様としての菅原道真公が合祀されたことは、地域住民の強い信仰心を反映しています。
まとめ

根津神社の神々の構成は、次のようにまとめられます。

  • 本殿の三柱(須佐之男命・大山咋命・誉田別命): 江戸時代、徳川将軍家(綱吉・家宣)が盛大な社殿を造営したことで確立した「根津三社大権現」の伝統を今に伝える柱石。
  • 相殿の二柱(大国主命・菅原道真公): 明治以降の神仏分離や地域の合祀を経て、縁結びや学業成就などの信仰を受け継ぎ、現在の五柱の神徳を完成させた神々。

古来の伝承、将軍家の威光、そして下町の地域の祈りが融合したことで、現在の根津神社と五柱の神様との強い関係性が築かれています。

東京十社

1. 「東京十社」とは何か?

東京十社とは、1868年(明治元年)に明治天皇が江戸の鎮護と万民の平穏を祈願するため、「准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)」として定められた10の神社をルーツとしています。

明治維新に際し、東京(旧江戸)の礎を築いた神社の中から、特に由緒正しく格式の高い社が選ばれました。その後、准勅祭社の制度自体は数年で廃止されたものの、戦後の1975年(昭和50年)頃から東京の歴史と伝統を伝える巡礼コース「東京十社めぐり」として再び広く親しまれるようになりました。

2. 根津神社と東京十社の深い関係

根津神社は、東京十社の一角として以下のような重要な位置づけや特徴を持っています。

  • 徳川将軍家の庇護を受けた「江戸の総鎮守」格の格式 東京十社に選ばれている神社の多くは、徳川幕府や朝廷から厚く崇敬されてきた歴史を持っています。根津神社も例外ではなく、5代将軍・徳川綱吉によって現在地に壮麗な権現造の社殿が造営された「天下普請」の歴史を持ちます。江戸の北側の守り、あるいは将軍家の産土神としての格式の高さが、東京十社に選ばれた大きな理由となっています。
  • 「根津権現」としての圧倒的な知名度と信仰 江戸時代には、神田明神・日枝神社などとともに「江戸三大祭り」の一角を担う山王祭・神田祭と並び称される「根津権現の祭礼」で知られ、江戸庶民から絶大な崇敬を集めました。こうした江戸時代からの歴史的・文化的ステータスの高さが、そのまま東京十社としての重みに直結しています。
まとめ

根津神社と東京十社の関係とは、一言で言えば「江戸の歴史と将軍家の信仰を今に伝える、東京を代表する格式高い守護社の一つ」ということです。

江戸時代から続く壮麗な社殿や境内のたたずまいは、東京十社巡りのハイライトとしても非常に人気が高く、その歴史的背景を知ることでより深く参拝を楽しむことができます。

日本武尊

根津神社と日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、この神社の誕生そのものに関わる「創祀者(そうししゃ)と神社」という極めて深く特別な関係にあります。

1. 創祀の伝説:東征の途上で祈願された場所

社伝(神社に伝わる由緒)によると、今からおよそ1,900年余り昔、景行天皇(第12代)の時代に、日本武尊が天皇の命を受けて関東・東国を平定するための遠征(東征)を行っていた際の話にさかのぼります。

  • 千駄木の地での祈願: 日本武尊がこの地(旧鎮座地の千駄木付近)を訪れた際、道中の安全や戦勝、そして東国の平定を祈願して、神話の武神である須佐之男命(すさのおのみこと)をお祀りしたのが根津神社の始まりとされています。
  • 武神への畏敬: 日本武尊は自らも武勇に優れた英雄ですが、それ以上に強力な荒ぶる神・魔を祓う神としての須佐之男命の御神徳を仰ぎ、神霊をこの地に留め置いたことが根津神社のルーツとなっています。
2. 「千駄木(古根津)」から「根津」へ

日本武尊が社殿を建てて創祀した当初の場所は、現在の根津神社がある文京区根津ではなく、少し北に位置する文京区千駄木(現在の駒込・千駄木周辺、古根津・元根津と呼ばれる地域)でした。

  • 日本武尊による創祀以来、千駄木の地で「駒込権現」や「根津権現」として人々に崇拝され、室町時代には太田道灌によって社殿が再興されました。
  • その後、江戸時代の1706年(宝永3年)に、5代将軍・徳川綱吉によって現在の地(根津)へと盛大に遷座(お引っ越し)され、現在の壮麗な社殿群が造営されました。

つまり、日本武尊が播いた「祈りの種」が千駄木で芽吹き、江戸時代に徳川将軍家によって根津の地で大きな花を咲かせたという歴史をたどっています。

3. 日本武尊との関係がもたらすご利益

根津神社の主祭神である須佐之男命と、それを祀った創祀者・日本武尊の組み合わせは、どちらも困難を打ち破り勝利を掴み取る強力な開運・厄除けの力を象徴しています。

参拝の際には、次のようなご利益を祈願するのに非常に相性がよいとされています。

  • 強運・災難除け: 大きな試練や困難を乗り越える力を授かる
  • 勝利祈願・願望成就: 大事な勝負事や目標達成を祈る
  • 交通安全・旅の安全: 日本武尊が遠征の途上で無事を祈ったことに由来する
まとめ

根津神社にとって日本武尊は、「1,900年の歴史の最初の一歩を記した開山(創祀)の英雄」です。

都心に佇む古社・根津神社を参拝する際は、江戸時代の将軍たちの威光だけでなく、「古代の英雄・日本武尊がこの地で旅の無事と国の平定を祈った」という悠久のロマンに思いを馳せてみると、より深い神聖さを感じることができます。

外国人観光客に人気の理由

根津神社に多くの外国人観光客が参拝し、魅了されている背景には、日本の伝統美や写真映えするスポット、そして東京ならではの落ち着いた雰囲気が詰まっていることがあります。主に次のような理由で人気を集めています。

1. 「千本鳥居」と赤い社殿が生み出す圧倒的なフォトジェニックさ

境内(乙女稲荷神社へ続く参道)にある千本鳥居は、外国人観光客にとって非常に人気の高いスポットです。

  • 京都の伏見稲荷大社を彷彿とさせる景色: 関西まで足を運ばなくても、東京の都心で鮮やかな朱色の鳥居がトンネル状に続く幻想的な風景を体験できる点が大きな魅力です。
  • 写真・動画映え: 鳥居の赤と周囲の緑のコントラストが美しく、SNSや旅行プラットフォーム(Tripadvisorなど)を通じて世界中に広がり、「東京で訪れるべき美しい場所」として定着しています。
2. 空襲を免れた「本物の江戸情緒」が残る建築美

根津神社の社殿群(本殿・幣殿・拝殿・唐門など)は、1706年に徳川綱吉が造営した当時の姿を今に伝える国の重要文化財です。

  • 本格的な権現造の朱塗り建築: 近代的な高層ビルが並ぶ東京において、江戸時代初期の壮麗な宮大工の技や、日本独自の神社建築の様式を間近で見られる貴重なスポットとなっています。
  • 歴史的価値の高さ: 単なる観光地ではなく、徳川将軍家ゆかりの歴史や「東京十社」としての格式高いストーリーがあることも、知的好奇心の高い旅行者の心を捉えています。
3. 下町(谷根千エリア)の落ち着いた散策環境

根津神社が位置する「谷根千(谷中・根津・千駄木)」エリアは、昔ながらの東京の下町情緒が色濃く残る地域です。

  • 観光地化しすぎない穏やかさ: 浅草や渋谷のような大繁華街とは異なり、静かで穏やかな住宅街や古い木造家屋、路地裏の個人経営のカフェや雑貨店が並んでいます。
  • 「日本の日常と伝統」の融合: 地元の人々の暮らしと神社が一体となっており、「観光地を巡る」だけでなく「日本のローカルな空気感を体験できる散策コース」として、欧米圏やアジア圏を問わず個人旅行者に非常に好まれています。
4. 四季折々の美しい自然(特につつじ)
  • 春(4月頃)に開催される「文京つつじまつり」では、約100種3,000株のツツジが咲き誇り、境内が一面鮮やかな色に染まります。
  • また、緑豊かな境内は季節を問わず静寂に包まれており、都会の喧騒を離れてリフレッシュできるスポットとして、旅程に組み込みやすいアクセスの良さも手伝って支持されています。

こうした「京都のような鳥居の景観」「江戸時代の本格的な文化財」「静かな下町散歩」の3拍子が揃っていることが、世界中の旅行者を引きつける大きな理由となっています。

摂社・末社

根津神社には、本殿の周囲や境内の要所にいくつかの摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)が鎮座しています。

1. 乙女稲荷神社(おとめいなりじんじゃ)

境内北側の高台、朱塗りの千本鳥居をくぐった先にある、根津神社を代表する非常に人気の高い末社です。

  • 御祭神: 倉稲魂命(うかのみたまのみこと / お稲荷様)
  • 御利益: 商売繁盛、家内安全、産業興隆、縁結び、芸能上達など
  • なぜ参拝した方がよいのか(理由と由緒):
    • 歴史の古さ: 元々は江戸時代以前からこの地の地主神として祀られていた古社で、のちに根津神社の境内へと取り込まれました。かつてはこの社のある一帯に多くの「穴」があり、そこに神の使いである白狐が住んでいたという伝承から、古くは「穴稲荷」とも呼ばれて親しまれていました。
    • 圧倒的な美しさと雰囲気: 何といっても、社殿へと続く朱の千本鳥居と、池(かつての湧水地)を見下ろす高台のロケーションが息をのむほど美しく、心身が浄化されるような独特の神聖な空気が漂っています。
    • 女性の守護・縁結び: 「乙女」という美しい社号から、女性の幸福や良縁を祈願するパワースポットとしても広く知られています。
2. 駒込稲荷神社(こまごめいなりじんじゃ)

根津神社の境内の東側(境内社のもう一つの拠点)に鎮座する、こちらも由緒正しい末社です。

  • 御祭神:
    • 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
    • 伊弉諾命(いざなぎのみこと)
    • 伊弉冉命(いざなみのみこと)
    • 級長津彦命(しながつひこなのみこと / 風の神)
    • 級長戸辺命(しながとべのみこと / 風の神)
  • 御利益: 五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、厄除け、諸願成就
  • なぜ参拝した方がよいのか(理由と由緒):
    • 徳川家との深い縁(江戸の屋敷神): もともとは江戸時代、現在の文京区駒込あたりにあった江戸幕府の旗本(あるいは加賀前田家などの下屋敷)の敷地内に祀られていた屋敷神でした。その後、明治時代に根津神社の境内に遷座・合祀された歴史を持ちます。
    • 格式高い建造物: 独立した立派な社殿や鳥居、並ぶ狐像など、末社でありながら非常に見応えのある佇まいをしています。本殿周辺の喧騒から少し離れた静かな場所にあり、じっくりと手を合わせて祈願できる落ち着いた環境も魅力です。
💡 参拝のワンポイントアドバイス

根津神社を訪れた際は、本殿を参拝した後に、ぜひ千本鳥居をくぐって「乙女稲荷神社」へ向かい、さらに境内の反対側にある「駒込稲荷神社」へと足を延ばしてみてください。

どちらも稲荷信仰や江戸時代の歴史に深く根ざした素晴らしい神社であり、本殿とはまた違った厳かなパワーや、東京の隠れた歴史の一面を感じることができます。

乙女稲荷神社
根津裏門坂

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Yutaka-S
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